(JPN) あなたの知らない香港・灣仔(ワンチャイ):ネオンの光に隠された5つの物語
灣仔の物語は、この街が常に過去の上に現在が書き重ねられてきた「都市の拓片(パリンプセスト)」であることを教えてくれます。私たちが見るきらびやかな日常は、かつての海湾、戦場、そして人々の生活の上に築かれているのです。
私は湾仔によく行きますが、主な目的は湾仔コンベンション&エキシビションセンターで開催されるブックフェアやその他の展示会を見たり、湾仔市場の旧市街でグルメを楽しんだりすることです。湾仔の歴史については、実は全く知りません。
灣仔洪聖古廟 Hung Shing Temple > 修頓遊樂場 Southorn Playground > 藍屋建築群 The Blue House Cluster
観光の歴史に関する魅力的な物語に注意深く耳を傾けてください
香港の灣仔(ワンチャイ)と聞けば、多くの人が高層ビルがひしめくビジネス街、夜を彩るネオンサイン、そして絶え間ない人々の活気を思い浮かべるでしょう。しかし、そのきらびやかな現代の風景の下に、忘れ去られた海岸線、戦争の傷跡、そして力強いコミュニティの魂が幾重にも重なっているとしたら?この記事では、普段は見過ごされがちな灣仔の路地裏に分け入り、足元に眠る5つの驚くべき歴史の層を紐解いていきます。
忘れられた海岸線:海から追放された神様の物語
香港の歴史を理解する上で、「埋め立て」は避けて通れないキーワードです。特に灣仔では、埋め立てが物理的な地形だけでなく、人々の精神的な風景さえも根底から変えました。これが私たちの探る最初の「拓片(パリンプセスト)」の層、つまり物理的な風景によって埋められた精神的な風景です。
灣仔の中心部、皇后大道東(クイーンズロード・イースト)の喧騒の中に、ひっそりと佇む「洪聖古廟(ホンシン・テンプル)」があります。南海の神である洪聖を祀るこの廟は、かつて漁師たちの安全を守るため、文字通り海のすぐそば、波打ち際に建てられました。しかし、1924年頃、摩理臣山(モリソンヒル)を削った土砂で行われた大規模な埋め立て事業により海岸線ははるか沖へと追いやられ、海を守る神様は今や交通量の多い道路に囲まれ、海を見ることさえできなくなりました。
この劇的な変化は、専門家が「地理的追放」と呼ぶ現象です。それは香港経済が漁業中心の海洋経済から、土地と不動産が支配する経済へと移行したことの痛烈な象徴と言えるでしょう。さらに興味深いのは、この神聖な場所の周辺が、植民地時代の初期から俗なる営みと隣接していたことです。例えば、「春園街」という名は、かつてのアヘン商人の邸宅の記憶をとどめており、この土地が信仰と植民地貿易の暗部が混在する場所であったことを示唆しています。
旅のヒント: 洪聖古廟(Hung Shing Temple)を訪れたなら、隣にある小さな望海観音廟(Wang Hai Kwun Yam Temple)にも注目してください。「海を望む観音」というその名は、ここがかつて海岸であったことの、静かながらも確かな証拠です。
神殿の物語が地理的な記憶の上書きであるならば、次に訪れる場所は、人間の記憶が文字通り地面の奥深くに埋められた物語です。

歓声の下に眠る悲劇:修頓遊楽場の暗い過去
現在の修頓遊楽場(サウソーン・プレイグラウンド)は、バスケットボールの歓声、地域イベントの笑顔、そして政治集会まで行われる、灣仔のエネルギーを象徴する場所です。しかし、この太陽の光が降り注ぐ広場には、香港が経験した最も暗い歴史の一つが埋められています。ここに、私たちの拓片の第二の層、つまり現代の日常が過去のトラウマの上に築かれている現実があります。
第二次世界大戦の日本占領時代、この場所は拷問と処刑が行われる恐ろしい施設として使われていました。多くの市民がここで命を落とし、その遺体は今人々がスポーツを楽しむまさにその地面の下に埋められたと伝えられています。この暗い記憶は、公式の歴史から消え去るどころか、今なお地元で語り継がれる「鬼故」(怪談)の中に生き続けています。それは、都市の発展が生み出す喧騒に抗う、民衆の記憶のささやきなのです。
この場所は、まさに「創傷の拓片」です。喜びや日常といった現代の層が、計り知れない苦しみという過去の層の上に直接書き加えられているのです。戦後、この地に活気あふれる公共空間を建設するという選択は、歴史の囁きを日々の喧騒で覆い隠そうとする、都市の無意識の試みだったのかもしれません。
旅のヒント: 修頓遊楽場(Southorn Playground)を訪れる際は、単なるレクリエーションの場としてだけでなく、歴史的な悲劇の上に現在の平和が築かれていることを静かに思う場所にしてみてください。
強制的に埋められた過去から、私たちは次に、意識的に守られた遺産へと目を向けます。それは博物館ではなく、活気ある青い壁の中に息づくコミュニティの物語です。

生きている博物館:青い壁が語るコミュニティの魂
歴史的建造物の保存というと、時が止まった博物館を想像しがちです。しかし灣仔には、その常識を覆す「藍屋建築群(ブルーハウス・クラスター)」があります。ここは「建物を残し、人も残す(留屋留人)」という理念の下、コミュニティそのものを保存した「生きた遺産」の輝かしい成功例です。
この鮮やかな青い壁を持つ戦前の唐樓(集合住宅)は、単なる美しい建築物ではありません。かつては著名な武術家・林祖の道場であり、その息子が漢方医として住民の健康を守る場所でもありました。この武術と医療の組み合わせは、偶然ではありません。それは、植民地時代に華人コミュニティが自らの力で困難に立ち向かった、自己治癒と自己防衛のたくましさの象徴なのです。
再開発プロジェクトでは、建物を空にするのではなく、元々住んでいた住民たちの生活と繋がりを維持することに重点が置かれました。その結果、藍屋は過去の物語を展示するだけでなく、今もなお人々の暮らしが息づく、ダイナミックな歴史空間となったのです。これが、私たちの探る第三の層、草の根のレジリエンスが刻まれたコミュニティの記憶です。
旅のヒント: 藍屋建築群(Blue House Cluster)と、その中にある香港故事館(Hong Kong House of Stories)を訪れれば、建築物だけでなく、そこに宿る人々の物語やコミュニティの温かい精神という、目に見えない文化遺産に触れることができるでしょう。
一つのコミュニティが結束する物語がある一方で、一本の通りの中に、美しさと残酷さという、全く相容れない記憶が隣り合って存在することもあります。

美しさと残酷さの隣接:船街のアールデコと戦争の影
都市の歴史は、時に一本の通りの中にさえ、矛盾に満ちた物語を内包しています。灣仔の船街(シップ・ストリート)は、その典型例です。その名が示す通り、かつては荘士敦道(ジョンストンロード)の旧埠頭に近接していたことを物語るこの静かな石段の通りは、訪れる者に強烈な対比を突きつけます。
まず目に飛び込んでくるのは、船街18号の優雅な姿です。1930年代に建てられたこの建物は、立体的なファサードや幾何学模様のタイルなど、アールデコ様式の意匠が見事な、戦前の中産階級の美意識を今に伝える貴重な建築物です。
しかし、この美しい建物のすぐ近くには、全く異なる暗い記憶が刻まれています。通りの先には、第二次世界大戦中に「慰安所」として使われた南固臺(ナム・クー・テラス)の跡地があり、そこは「千歳花壇」という不気味な俗称で呼ばれていました。ここは、計り知れない苦痛と悲しみの場所でした。
洗練された美と、人間の尊厳が踏みにじられた残虐行為の記憶。この二つが物理的に近接して存在するという事実は、私たちに強烈な違和感を与えます。その優雅なアールデコのファサードは、期せずして通りの残忍な歴史を覆い隠す美しい仮面として機能し、知る者にとっては、そのコントラストをより一層際立たせるのです。
旅のヒント: 船街18号(No. 18 Ship Street)石段を味わいながらも、この通りが内包する光と影の物語に思いを馳せてみてください。
この通りは、私たちに二つの歴史を同時に見ることを強います。では、一人の芸術家の視点が進化し、地区全体を美しくも混沌としたコラージュとして捉えるようになったとき、何が見えてくるのでしょうか。

都市の万華鏡を覗く:芸術家・陳福善の目が見た灣仔
芸術は時代を映す鏡です。香港の近代美術の先駆者である陳福善(ルイス・チャン)の生涯と作品は、灣仔という街が経験した劇的な変化そのものを映し出す、最後の歴史の層を私たちに見せてくれます。
キャリアの初期、陳福善は灣仔の風景を細やかな写実主義で描く「水彩の王様」として知られていました。しかし、戦後の急速な発展と混沌の中で、彼の作風は大きく変化します。その作品は、まるで万華鏡を覗き込んだかのように、色彩豊かで幻想的な、夢のような抽象画へと変貌を遂げたのです。
この芸術スタイルの変化は、灣仔が植民地時代の面影を残す地区から、複雑でダイナミックな現代都市へと変貌していく過程と見事に重なります。陳福善の目は、都市の視覚的な変化だけでなく、その精神的な変容をも捉えていたのです。
象徴的なことに、埋立地に建てられた現代文化の拠点である香港アートセンターは、その館内に陳福善のスタジオを再現した常設展を設けています。これは、新しい文化施設が、この土地が生んだ偉大な芸術家の記憶を吸収し、未来へと受け継いでいこうとする意志の表れです。
旅のヒント: 香港アートセンター(Hong Kong Arts Centre)の4階にある「陳福善画室」(Luis Chan Studio)の常設展を訪れてみてください。一人の芸術家の目を通して、灣仔が歩んできた具象から抽象へ、そして伝統から現代へと至る二重奏を体感できるはずです。

都市の地層に耳を澄ます
灣仔の物語は、この街が常に過去の上に現在が書き重ねられてきた「都市の拓片(パリンプセスト)」であることを教えてくれます。私たちが見るきらびやかな日常は、かつての海湾、戦場、そして人々の生活の上に築かれているのです。

都市の本当の魅力は、目に見えるランドマークだけでなく、その下に埋もれた記憶や忘れられた物語の中にこそあるのかもしれません。次にあなたがよく知る街を歩くとき、足元から聞こえてくるどんな隠された物語に、耳を傾けてみますか?
