(JPN) 高層ビルの向こう側へ:香港・馬鞍山のイメージを塗り替える5つの隠れた歴史

馬鞍山という場所の本当の姿は、そのスカイラインをちらりと見ることでは理解できません。自らの足で歩き、歴史の層を注意深く観察することによってのみ、その魂に触れることができるのです。

戦前に建てられた村の家屋(16-18号と6号)
戦前に建てられた村の家屋(16-18号と6号)

馬鞍山は私にとって、馴染みのある場所であると同時に、未知の場所でもあります。馴染みのない場所というのは、滅多に行かず、友人を訪ねる程度だからです。馴染みのある場所というのは、父が難民として香港に渡り、一時期馬鞍山で炭鉱労働者として働いていたことを知っているからです。その苦労は想像を絶するものです。父は聖ヨセフ教会のミサにも参加し、馬鞍山の変化を目の当たりにしました。

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馬鞍山選礦廠遺址 Ma On Shan ore-dressing plant

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観光の歴史に関する魅力的な物語に注意深く耳を傾けてください

会話型放送では

整然と計画されたニュータウン、香港・馬鞍山。多くの人が抱くこの街のイメージは、モダンな高層ビル群と美しい海岸線でしょう。しかし、その現代的な表情の裏には、産業の喧騒、信仰の光、そして静かな田園生活の記憶が幾重にも眠っています。この街が持つ本当の個性は、遠くから眺めるだけでは決してわかりません。忘れられた小道を歩き、歴史の層を一枚一枚めくっていくことで、初めてその奥深い魂に触れることができるのです。

この記事では、私たちと一緒に馬鞍山という場所に対するあなたの見方を一変させる、5つの驚くべき物語を紐解いていきましょう。さあ、高層ビルの向こう側に広がる、知られざる香港の素顔を発見する旅に出かけましょう。

1. 忘れられた心臓の鼓動:香港に埋もれた産業の過去

金融ハブとしてのイメージが強い香港ですが、かつてこの地には重工業が存在し、その中心にあったのが馬鞍山の鉄鉱山でした。この事実は、現代の香港を理解する上で極めて重要な、しかし忘れ去られがちな歴史の一片です。

馬鞍山鉱山は、香港で唯一、経済的に採掘価値のあった鉄鉱山でした。1950年代から60年代にかけて、鉱夫たちの生活は過酷を極め、日給はわずか1香港ドルという時代もありました。病や事故で命を落とした者は、山に設けられた「金塔」と呼ばれる場所に埋葬され、その汗と犠牲が香港の初期の発展を静かに支えていたのです。

しかし、その鼓動は1976年に永遠に止まります。鉱山の閉鎖は、採掘契約の終了が迫る中、香港政庁がニュータウン開発計画を進めていたこと、そして当時建設中だった地下鉄(MTR)がより高い給料で熟練労働者を引き抜いていったことなど、内外の要因が重なった結果でした。

隠された宝:馬鞍山選鉱廠の廃墟

この忘れられた産業時代の物言わぬ証人が、**馬鞍山選鉱廠(Ma On Shan Ore Dressing Plant)**の廃墟です。その巨大なコンクリートの骨格の前に立つと、かつてこの谷に響き渡っていたであろう機械の轟音と人々の息遣いが、幻聴のように聞こえてくるようです。ここは、香港の発展を支えた産業の「心臓」そのもの。産業の心臓が止まったとき、山は静寂を取り戻しただけでなく、人間が刻んだ傷跡そのものを、予期せぬ芸術へと昇華させたのです。

馬鞍山選鉱廠の廃墟
馬鞍山選鉱廠の廃墟

2. 天上の傷跡:打ち捨てられた採石場が創り出した偶然の美

産業活動が終わりを迎えたとき、その跡地が予期せぬドラマチックな美しさを湛えることがあります。馬鞍山の露天掘り鉱山跡地は、まさにその典型と言えるでしょう。

1957年以前、この地では露天掘りによる採掘が行われていました。その結果生まれた独特の景観を、鉱夫たちは畏敬の念を込めて**「天外天」**と呼びました。「万丈の深淵に切り立つ崖」と表現されるその風景は、採掘という人間の営みが意図せずして創り出した、偶然の芸術作品です。

この危険でありながらも人を惹きつける独特の美しさは、やがて映画やテレビドラマの制作者たちの目に留まりました。産業が残した傷跡は、数々の映像作品の舞台として知られるようになり、香港の文化史にもその名を刻んだのです。

隠された宝:110ML露天掘り鉱山跡を望む展望地

現在、この 110ML露天掘り鉱山跡を見下ろす展望地は、息をのむような絶景が広がる秘境として知られています。しかし、この美しさは安全な距離から鑑賞しなければなりません。長年の風雨によりトンネルは崩落し、極めて危険な状態にあります。ここは「触れることのできない壮麗さ」を持つ場所として、その歴史と景観を心に刻むべきなのです。この壮大な景観は、山そのものの物語です。しかし、この山にはもう一つの、より人間的な温もりを持つ物語が息づいていました。それは、信仰という光を灯した人々のコミュニティの物語です。

110ML露天掘り鉱山跡を望む展望地
110ML露天掘り鉱山跡を望む展望地

3. 山上の灯台:鉱山の町における信仰と教育

過酷な労働環境と不十分な社会保障。そんな鉱山の町で、人々の心の支えとなったのが宗教団体でした。彼らは、公的なセーフティネットが存在しない場所で教育と医療、そして精神的な安らぎを提供し、困難に立ち向かう人間のレジリエンス(回復力)の物語を紡ぎ出しました。

カトリックのフランシスコ会は1952年に聖若瑟小堂と小学校を、キリスト教のルーテル教会は1951年に信義学校を設立。これらの施設は、鉱夫とその家族にとって暗闇を照らす灯台のような存在でした。その献身を象徴するのが、**裘渝珠(Qiu Yuzhu)**という教師の物語です。裕福な都会の家庭に生まれた彼女は、「音楽室もピアノもない」辺鄙な山の学校で音楽を教える道を選びました。彼女の情熱は、厳しい環境下でこそ信念がいかに強い力を持つかを雄弁に物語っています。

隠された宝:聖若瑟小堂・小学校建築群の廃墟

このコミュニティの精神を今に伝えるのが、聖若瑟小堂・小学校建築群の廃墟です。かつて信仰と共同体が最も力強く輝いていた場所が、皮肉にも今、崩壊の危機に瀕しています。香港の著名な俳優、**周潤發(チョウ・ユンファ)**が何度も訪れたことでも知られるこの場所は、壁が崩れ、静かに消え去ろうとしています。人の手で築かれた信仰の拠点は風化しつつありますが、この土地には、人の営みを静かに見守り続けてきた、より古く、より永続的な存在がありました。

聖若瑟小堂・小学校建築群の廃墟
聖若瑟小堂・小学校建築群の廃墟

4. ガジュマルと鉱石:何が真に永続するのかという教訓

馬鞍山の歴史を深く見つめると、二つの対照的な物語が浮かび上がります。一つは、短く爆発的なエネルギーを放って消えた鉱山の産業史。もう一つは、長く静かに時を重ねてきた客家(ハッカ)の村々の生活史です。

海岸沿いの**烏溪沙村(Wu Kai Sha Village)**では、客家の人々が農業を営み、自給自足の生活を送っていました。潮風が心地よいこの村の暮らしは、土地との深いつながりの上に成り立っていました。

隠された宝:古木名木登録簿に記載された巨大なガジュマルの木

この村の永続性の象徴が、**『古樹名木冊』(Old and Valuable Trees Register)**にも記載されている巨大なガジュマルの木です。18本もの気根が、幅27メートルにも及ぶ巨大な樹冠を支える姿は圧巻の一言です。この木は、清代初期の書物『廣東新語』にある哲学的な概念を体現しています。

「榕、容也…以材無所用、為斤斧所容、故曰榕」 (ガジュマル(榕)とは、「容れる」の意。…その材木は役に立たないため、斧で伐られることを免れる。ゆえに榕と名付けられた)

この言葉は、力強い寓話として私たちの心に響きます。「有用」とされた鉄鉱石は、その価値ゆえに採掘し尽くされ、鉱山は死を迎えました。一方で、「無用」とされたガジュマルの木は、誰にも伐られることなく成長を続け、幾世代にもわたって人々に安らぎの木陰を提供してきたのです。ガジュマルの木が世代を超えて人々を包容してきたように、麓の村々もまた、その土地ならではの記憶と固い結束の物語を、独自の伝統の中に深く刻み込んできました。

古木名木登録簿に記載された巨大なガジュマルの木
古木名木登録簿に記載された巨大なガジュマルの木

5. 香炉の誓い:ある村の数世紀にわたる婚姻の禁忌

歴史の面白さは、国家的な大事件だけでなく、地域社会のアイデンティティを形作ってきた、一風変わったユニークな伝統の中にも見出すことができます。

**大水坑村(Tai Shui Hang Village)**には、村の創設に関わった氏族にまつわる興味深い口承が残っています。伝説によれば、張(Cheung)氏の祖先が、**九肚(Kau To)の羅(Law)氏、そして西貢の孟公屋(Mang Kung Uk)の馮(Fung)氏の祖先と共に船でこの地へ向かう途中、嵐に遭遇しました。その際、各家が大切にしていた先祖の香炉が混ざり合い、識別不能になってしまったのです。将来の混乱を避けるため、三氏族は子孫同士が「決して婚姻関係を結ばない」**という誓いを立て、この伝統は今日まで守られていると言われています。

隠された宝:戦前に建てられた村の家屋(16-18号と6号)

この村の歴史を物理的に証明するのが、16-18号6号に代表される戦前の家屋です。古い路地を歩き、地元産の花崗岩でできた壁にそっと手を触れてみてください。そこには、嵐の海の記憶と、一族の固い結束の物語が刻まれているのです。伝統的な中国建築の様式に、バルコニーの装飾的な手すりなど西洋的な要素が融合したこれらの建物は、この村が早くから外界と接触していたことを示す、貴重な物証なのです。

戦前に建てられた村の家屋(16-18号と6号)
戦前に建てられた村の家屋(16-18号と6号)

結論:都市の記憶を取り戻す

こうして5つの物語を巡ることで、私たちは一つの真実にたどり着きます。ある場所の真の価値は、その経済的な「有用性」にあるのではなく、ガジュマルの木のように、人々の記憶や苦闘、そして永続する精神を「容れる」文化的な度量にあるということです。

馬鞍山という場所の本当の姿は、そのスカイラインをちらりと見ることでは理解できません。自らの足で歩き、歴史の層を注意深く観察することによってのみ、その魂に触れることができるのです。

最後に、一つ問いかけてみたいと思います。あなたが毎日歩くその道の地下には、どんな忘れられた物語が眠っているのでしょうか?

場所の隠れた魂を解き明かす物語をもっと知りたい方は、ニュースレターの購読をご検討ください。

参考文献

  1. 礦場及有關歷史建築的文化意義- 沙田今昔 - 馬鞍山民康促進會, accessed October 25, 2025
  2. 礦山開採的歷史及目前狀況- 沙田今昔 - 馬鞍山民康促進會, accessed October 25, 2025
  3. 馬鞍山礦工生活- 鞍山歲月, accessed October 25, 2025
  4. 礦村遺產 - Grace Youth Camp, accessed October 25, 2025
  5. 馬鞍山礦場- 古蹟天行樂Skywalker's Heritage - 天行足跡, accessed October 25, 2025
  6. 堂區歷史 - 天主教聖方濟堂, accessed October 25, 2025
  7. (沙田)馬鞍山村五古蹟僅一活化礦場天主堂失修恐塌 - 《我家》Homemory, accessed October 25, 2025
  8. 馬鞍山的客家村落- 鞍山歲月, accessed October 25, 2025
  9. 大水坑- 沙田今昔 - 馬鞍山民康促進會, accessed October 25, 2025
  10. 大水坑村16-18號- 古蹟天行樂Skywalker's Heritage - 天行足跡, accessed October 25, 2025
  11. 大水坑村6號- 古蹟天行樂Skywalker's Heritage - 天行足跡, accessed October 25, 2025
  12. 加强鞍礦工業的轉型再利用—打造文化鞍山 - 維普期刊中文期刊服務平台, accessed October 25, 2025, 
  13. 香港政府新聞網- 郊野藏故事礦洞尋歷史, accessed October 25, 2025

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