(JPN) 摩星嶺ヒストリカルウォーク:香港島西端に眠る歴史の地層を歩く|軍事要塞からアイデンティティの境界まで

香港島最西端に位置する摩星嶺の歴史を辿る旅。緑に覆われた第二次世界大戦の軍事遺構を歩き、忘れ去られた戦時中の記憶と、時が止まったかのような廃墟の美しさを探求します。

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この記事は、香港島最西端に位置する摩星嶺(マウント・デイビス)の歴史物語とウォーキングガイドです。ジャングルに埋もれた第二次世界大戦時の砲台跡や軍事遺構を巡りながら、英国植民地時代の防衛の歴史と、自然に飲み込まれゆく廃墟が放つ独特の美しさを紐解きます。

Hong Kong Historical Travel Stories – Old Streets, Harbours & City Memories
Explore Hong Kong through historical travel stories and guides. Discover old streets, harbours and neighbourhoods filled with memories and cultural heritage.

香港島最西端、標高269メートルの摩星嶺(マウント・デイビス)。ヴィクトリア港の西の入り口である硫磺海峡(サルフ・チャネル)を眼下に見下ろすこの高地は、潮風の香りと共に、帝国の防衛、政治的機密、そして周縁に生きた人々の生々しい記憶を今に伝えています。ここは単なる眺望の地ではありません。歴史の重層的な地層が積み重なった「パリンプセスト(重ね書きされた羊皮紙)」であり、その急峻な斜面を一歩ずつ踏みしめることは、香港という都市が隠し持つ多重のアイデンティティを、身体感覚を伴って読み解く行為なのです。

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観光の歴史に関する魅力的な物語に注意深く耳を傾けてください3

会話型放送では

物語 1:帝国の黄昏——「西部のジブラルタル」と呼ばれた要塞(1911-1941)

20世紀初頭、大英帝国は日露戦争後の日本の台頭を警戒し、極東の防衛戦略を抜本的に再編しました。1912年に完成した摩星嶺要塞は、西側海路からの侵入を阻止するための「堡塁防衛」思想の結晶であり、「西部のジブラルタル」と謳われるほどの威容を誇りました。

しかし、この堅牢な要塞には致命的な欠陥が潜んでいました。海防砲に過度に依存し、陸路や上空からの脅威を過小評価していたのです。1936年には、戦略の見直しにより当初5門あった9.2インチ後装線膛砲(BL Mk X)のうち2門が赤柱(スタンレー)砲台へと移設され、残された3門で開戦を迎えることになります。1941年12月、日本軍の侵攻が始まると、九龍側の山頂に陣取った240mm榴弾砲と空爆による交叉火網が摩星嶺を襲いました。12月14日には弾薬庫が直撃を受け、9名のインド人砲兵がその場で犠牲となる悲劇も起きています。

「水も電気もなく、防空壕が打ち抜かれる極限状態。それでも我々は反撃を止めることはなかった。12月25日、降伏の報が届くと、軍曹大師級銃手チャールズ・ブルックスの手によって、残存する大砲への『自破手順(破壊処理)』が執行された。」 —— 恩諾斯・查理斯・福特(RSM Enos Charles Ford)の日記より

現在、かつての軍事操場はユースホステルのキャンプ場となり、砲台跡は貯水タンクへと転用されています。軍事遺構を実用的に再利用する香港特有のリアリズムは、帝国の黄昏を静かに覆い隠しています。

帝国の黄昏——「西部のジブラルタル」と呼ばれた要塞(1911-1941)
帝国の黄昏——「西部のジブラルタル」と呼ばれた要塞(1911-1941)

物語 2:白亜の建物の背後にある冷戦の影——「白屋」の秘史

摩星嶺の麓、域多利道(ヴィクトリア・ロード)沿いに佇む白亜の建築群、通称「白屋(ホワイトハウス)」。ここは冷戦期、香港警察政治部(Special Branch)がMI5の指導下で運営した秘密尋問施設「域多利道拘留中心」でした。公式な住所や地番を持たず、当時の地図からも抹消されていたこの空間は、法治の枠外に置かれた「例外状態」の象徴でした。

1961年に発覚した警視級スパイ事件「曾昭科事件」の容疑者や、1967年の六七暴動時の左派指導者たちがここに拘留され、深夜に及ぶ心理的偵訊が行われました。民間伝承で「魔窟」と恐れられたこの場所は、香港の平穏を維持するための「硬性管控(ハードコントロール)」の現場だったのです。

現在は芝加哥大学(シカゴ大学)アジア分校としてリノベーションされています。現代的な透明なガラスのカーテンウォールが、かつての重苦しい囚室を包み込む意匠は、過去の不透明な記憶を浄化しようとしているのか、あるいは洗練された建築の裏に隠蔽しようとしているのか。訪れる者は、その視覚的なコントラストに戸惑いを覚えるはずです。

白亜の建物の背後にある冷戦の影——「白屋」の秘史
白亜の建物の背後にある冷戦の影——「白屋」の秘史

物語 3:ユーラシアンの安息地——昭遠墳場に見るアイデンティティの探求

19世紀、欧米社会からも華人社会からも疎外された欧亜混血児(ユーラシアン)たちは、自らの安息地を求めていました。1897年、香港首富の何東(ロバート・ホートン)とその弟・何福(ホー・フック)の働きかけにより、摩星嶺南斜面にユーラシアン専用の「昭遠墳場」が設立されました。ここは、二元論的な社会の隙間に生きた人々が、独自の社会階層としての誇りを刻んだ場所です。

特に何東の弟・何甘棠が1915年に築いた墓所「何莊」は、新古典主義の様式と、風水や儒教的礼教を厳格に融合させた、中西折衷の極致とも言える空間です。

昭遠墳場(何莊)の分層構造と象徴性

階層

安葬対象

象徴的意味

第一層(最上段)

何甘棠および元配(正妻)

嫡庶の別を明確にする家父長制的尊卑制度

第二層

側室(妾侍)

伝統的な華人大家族制の継承

第三層

家族の子孫

一族の永続性と帰属意識の証明

第四層

記念庭園・祭祀堂

中西折衷のアイデンティティの空間化

境界に立つ人々が、純粋な華人以上に伝統的礼教を遵守することで「自覚的な正統性」を証明しようとした姿が、冷たい石碑の列から浮かび上がります。

ユーラシアンの安息地——昭遠墳場に見るアイデンティティの探求
ユーラシアンの安息地——昭遠墳場に見るアイデンティティの探求

物語 4:都市の烙印——1894年鼠疫と隠された「死亡の風景」

1894年、香港を震撼させた鼠疫(ペスト)は、植民地政府の公共衛生政策を「権力の道具」へと変貌させました。当時、政府が死者の隔離場所として選んだのは、市街地から遠く離れた摩星嶺の荒涼たる斜面でした。

1897年(光緒丁酉年)の刻印が残る石碑群は、当時「咕哩(クールー)」と呼ばれた底辺労働者たちの悲劇を物語っています。身寄りのない彼らの遺体は、西欧医学への根強い不信感と恐怖の中、強権的にここに埋葬されました。1914年には、皮肉にも軍事要塞の開発によって、これら「死者の空間」が破壊・移転されるという、空間的な上書きが行われました。生者の防衛線が死者の領域を追い出したのです。

現在、これらの石碑は公営住宅開発計画により、再び消失の危機に瀕しています。都市の繁栄を支え、病に倒れた名もなき人々の記憶は、今なお「周縁」へと追いやられ続けています。

都市の烙印——1894年鼠疫と隠された「死亡の風景」
都市の烙印——1894年鼠疫と隠された「死亡の風景」

物語 5:生存のレジリエンス——公民村と難民たちの戦後史

戦後の動乱期、1949年以降の難民流入に対し、政府は摩星嶺の麓に「平房区(公民村)」を設置しました。これは政府が土地を貸与し、住民やNGOが自力で住宅を建てる「組織的な定住」の試みでした。

1950年6月、ここで親国民党系難民と左派勢力の激しい衝突が起きると、政府は治安維持のため約7,000名の難民を調景嶺(レニーズ・ミル)へと強制移住させました。残された人々は教会や慈善団体の支援を受け、石造りの平屋を築き上げ、過酷な環境下で「自力更生」のコミュニティを形成しました。2002年の取り壊しまで続いたこの村は、難民がいかにして「市民」へと転身し、生存のレジリエンス(回復力)を発揮したかを示す、香港精神の原型とも言える場所です。

生存のレジリエンス——公民村と難民たちの戦後史
生存のレジリエンス——公民村と難民たちの戦後史

隠れた宝石

歴史の深層に触れるため、以下の遺構をその足で確かめてください。

  • 摩星嶺南斜面に潜む、文字のない「鼠疫墳場境界碑(オベリスク)」:高さ8〜10フィートの無機質な石柱は、かつてそこが死者の隔離領域であったことを示す沈黙の境界線です。
  • 軍用小径と重なり合う、墓地プラットフォームの痕跡:1914年の開発で死者の空間が生者の防衛線へと変容した、空間の残酷な連続性を体感できます。

結論:層状の風景——境界、防線、そして融合の省察

摩星嶺を歩くことは、香港という都市が抱える「パリンプセスト」を地層ごとに剥ぎ取っていく作業です。 同じ斜面が、ある時は**「死の地層(鼠疫墳場)」となり、ある時は「防衛の地層(軍事要塞)」、そして「生存の地層(公民村)」**へと変容を遂げてきました。

権力はこの地理的隔離を利用して、不可視の政策を遂行してきました。しかしその一方で、ユーラシアンの家族や難民たちは、二元論的な支配の隙間に**「第三の空間(Third Space)」**を見出し、独自のアイデンティティを創造してきました。香港の歴史とは、輝かしい成功の記録ではなく、こうした幾重にも重なった重層的な「生」の堆積からのみ理解できるものです。

あなたの足元には、今、何層の歴史が眠っているでしょうか。摩星嶺の風は、それを問い続けています。

トラベル・アフィリエイト(実用的補足)

  • アクセス方法: MTRケネディタウン(堅尼地城)駅から徒歩、または域多利道(ヴィクトリア・ロード)経由のバスで摩星嶺径の入り口へ。
  • 推奨宿泊: 摩星嶺青年旅舎(ジョッキークラブ・マウントデイビス・ユースホステル)。1号砲台跡に隣接し、軍事遺跡の静寂の中で歴史の重みを感じながら眠る、稀有な体験が可能です。
  • 注意事項: 歴史的遺構は極めて脆弱です。痕跡を残さず、静かに歴史と対話するマナーを遵守してください。

Q & A

「白屋」と呼ばれた秘密の尋問施設と冷戦の関係とは?

摩星嶺の麓に位置する「白屋」(正式名称:域多利道扣押中心、英名:Victoria Road Detention Centre)は、冷戦期の香港において最も神秘的かつ重要な情報戦の拠点でした。その歴史的背景と役割について、ソースに基づき詳しく解説します。

1. 情報戦の拠点としての背景(1950年代〜)

冷戦が激化した1950年代、香港は中国共産党、国民党、そして西側諸国の情報が交錯する最前線となりました。

  • 政治部(Special Branch)の設立: 1950年、イギリスの軍情五処(MI5)の指導の下、香港警察内に「政治部」が設立されました。白屋は、この政治部が反スパイ活動や政治審査、親共・親国民党勢力の監視を行うための極秘偵訊(尋問)基地として使用されました。
  • 地図から消された存在: この施設は公式な住所を持たず、当時の地図上では「政府用地」と記されるか、あるいは存在自体が抹消されていました。これにより、徹底した秘匿性が保たれていました。
  • 「曾昭科(ツァン・チュウコ)事件」 (1961年): 1961年、当時警察の助理処長(警視正級)という要職にいた曾昭科が、中共の潜入スパイであったことが発覚し、世界中に衝撃を与えました。彼は国外追放される前に、この白屋で徹底的な尋問を受けたとされています。

2. 六七暴動(1967年)における役割

1967年に発生した大規模な親共派による暴動「六七暴動」の際、白屋は反対勢力を封じ込めるための「例外状態」の空間となりました。

  • 超法規的拘束: 当時の総督府は「緊急規例条例」を発動し、裁判を経ることなく、多くの左派指導者、知識人、さらには著名な俳優(傅奇、石慧夫妻など)をこの施設に拘束しました。
  • 心理的制圧と「魔窟」: 拘束の目的は左派の動員ネットワークを解体することにありました。内部は極めて圧迫感のある狭い独房で、換気も悪く、深夜に及ぶ尋問が行われていたことから、民間では「魔窟」と呼ばれ恐れられていました。

3. 歴史的意義:「硬性管控」の象徴

白屋の存在は、法治と自由貿易を掲げる植民地政府の裏側に、強力な警察権力による「硬性管控(Hardened Control)」が存在したことを示しています。

  • 地理的隔離の利用: 摩星嶺という都市の辺境に位置する地理的隔離性を利用し、統治者は法や社会の監視の目が届かない場所で、目に見えない政治的コントロールを実行していました。
  • 社会的な傷跡: このような秘密裏の抑圧は、香港社会に深い傷跡とアイデンティティの断絶をもたらしたと研究で指摘されています。

現在の姿2013年、この敷地はシカゴ大学ブス・ビジネス・スクールのアジア校として再開発されました。約5.8億香港ドルを投じた「活化(活性化)」プロジェクトにより、現在は近代的なキャンパスとなっていますが、重厚な鉄門、監視孔のある独房、当時の尋問室などは保存されており、負の歴史を伝えるモニュメントとして残されています。

参考文献とさらに読む

  1. 摩星嶺|綠洲Oasistrek, accessed April 25, 2026, 
  2. Mount Davis Battery [c.1912- ] | Gwulo, accessed April 25, 2026, 
  3. Showcasing, Contextualizing, and Explaining the Diversity of Human Experiences in Combat Using gis: The Battle of Hong Kong in 1941 as an Example in - Brill, accessed April 25, 2026, 
  4. 摩星嶺要塞古蹟徑 - 香港自遊樂在18區, accessed April 25, 2026, 
  5. [香港山女] 摩星嶺二戰軍事遺址探秘| Fitz 運動平台, accessed April 25, 2026, 
  6. 域多利道扣押中心- accessed April 25, 2026, 
  7. 摩星嶺歷史遊 - 活力環島長廊, accessed April 25, 2026, x
  8. 摩星嶺「白屋」變校園 - 主頁, accessed April 25, 2026, 
  9. Special Branch (Hong Kong) - accessed April 25, 2026, 
  10. 'Patriotism to You Can Be Revolutionary Heresy to Us': Hardened ..., accessed April 25, 2026, 
  11. 《摩星嶺下》紀錄片放映及座談會 - 邵逸夫堂, accessed April 25, 2026, 
  12. 何東身份認同的心結, accessed April 25, 2026, 
  13. No Mixed Blood, No Mixed Bones: The Ongoing Saga of Hong Kong's Eurasian Cemetery, accessed April 25, 2026, 
  14. 香港大老何東 - 創業群俠傳, accessed April 25, 2026, x
  15. 昭遠墳場及何莊- 古蹟天行樂Skywalker's Heritage - 天行足跡, accessed April 25, 2026, 
  16. Chiu Yuen Cemetery 昭遠墳場 With Dr. Joseph Ting, Andrew Tse and David Ho - The University of Hong Kong Museum Society, accessed April 25, 2026,
  17. 從墳場特色看香港歷史發展, accessed April 25, 2026, 
  18. 討論文件中西區文教會文件第13/2020 號保育堅尼地城前公民村鼠疫 ..., accessed April 25, 2026, 
  19. 摩星嶺前公民村遺址將建公屋碩果僅存的「鼠疫墳場」遺跡恐遭破壞?在工程開展前追溯香港百多年前的鼠疫歷史- 明周文化, accessed April 25, 2026, 
  20. Abandoned cemetery on south-east slope of Mount Davis [1856 ..., accessed April 25, 2026, 
  21. 當年今日收回「小台灣」調景嶺發展將軍澳| 飛凡香港 - 當代中國, accessed April 25, 2026, 
  22. 非政府機構對戰後香港房屋建設的貢獻, accessed April 25, 2026, 
  23. Wing Lee Development Construction Holdings Limited 榮利營造控股有限公司 - HKEXnews, accessed April 25, 2026, 
  24. Unsettling Exiles: Chinese Migrants in Hong Kong and the Southern Periphery During the Cold War 9780231558211 - DOKUMEN.PUB, accessed April 25, 2026

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